
毎月、駅前の清掃会に参加しています。
発足時から参加していますが、3年間の流動的な移り変わりを俯瞰して、組織について学ぶ機会にもなりました。
ボランティアは献身ではなく『志願』
日本で「ボランティア」は「無償の献身的行為」と捉えがちですが、本来は「志願」の意味であり、有償でもボランティアです。報酬はお金とは限らず、好奇心の充当、健康、知名度向上など様々だと思います。その企画から得る事ができる人が参加資格を有していると考えます。
介護施設から車椅子に乗った女性が参加されました。

介護施設から外にでて、多くの人と会話する機会は大変有益。参加者は『地域貢献できて良かった』と、嬉しそうにしておられたのが印象的でした。施設側の対応も想像して現場が温かい雰囲気に包まれました。
ボランティアの組織化には懸念あり
ボランティアの問題は事故があった時に顕現します。これが企画である場合は事前に保険をかける必要があり、当然、事前申請で住所・氏名などを求める事になります。また組織の有識者に個人情報を管理してもらわねばなりませんし、その保険額を誰が支払うか?と言う問題も。
多くのボランティア活動が自治体発で、申し込みが必要であるのは、このような問題があるからです。
ボランティア清掃は、漫然と集まり、漫然と終了するべし
組織化しないボランティアとは、集まっても点呼などをせず、遅刻も設けず、早退も自由。「集まるならこの時間に」と言うだけ、のようなスタイルであるべきでしょう。
人が増えると現れる『リーダー』
ボランティアは個々の利益を求めて集まるとお話しましたが、集まりのリーダーに収まろうと考えるならば、全ての責任を負わされる事を理解しなければなりません。しかし、その問題にリテラシーがあるなら、進んでリーダーになる人はいないでしょう。
こうして『カオスは秩序に』と言うエネルギーの法則にも似た状態を、カオスに引き戻しながら、当ボランティア活動は3年も続ける事ができています。
